B:鮮紅の殺人瓜 マインドメーカー
トマトルと呼ばれる食獣植物を知っているか?
壺に似た外殻から、獲物が近づくとぬるりと姿を現して、鋭い触手を刺し、酸液で肉を内側から溶かして味わうんだと。
そんな恐ろしい植物の中でも、特に大きく成長を遂げたのが通称「マインドメーカー」だ。その奇妙な名は、ヤツが動物の脳に異様な執着を示すことに由来する。まるで知性を獲得するために、吸収しようとしているようにな。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
ラケティカ大森林の西部、夜の民の集落であるスリザーバウからほど近い地域にトマトルという魔物がいる。この魔物、体の一部が壺に似た外殻を持つ食獣植物で、普段はその壺の様な外殻に潜んで森の中に転がっている。獲物が近くを通るとその壺からするすると姿を現して、獲物に鋭い触手を突き刺し獣を食べる。その食べ方がまたグロテスクなのだが、触手の先から出す強い酸性の液体で獲物を体内から溶かして、液体にして吸うようにして喰らう。そのためトマトルの生息域には中身のない獣皮がよく落ちていて、皮の加工をする職人は敢えてトマトルの群生地に踏み入り、その皮だけになった骸を回収する事もあるのだという。
そのトマトルの亜種に「マインドメーカー」と呼ばれる個体がいる。例に漏れず、他の個体に比べ大きさも強さも規格外なのだが、このマインドメーカーはもっと変わった特性を持っている。「偏食」だ。
このマインドメーカーは動物、特に人の脳を好んで食すという拘りがある。一説には脳を摂取する事で人の能力や知識を得ようとしているのだと言われているが、それには疑問符が付く。
古くから森に住む猿が人を喰らいその知恵や能力を奪おうとしたり、魔力の強いものを喰らってその魔力を手に入れるといったり、昔から食すことでその者の能力を身に付けると言った考え方は伝説や伝承、昔話や言い伝えによく登場する話だ。だがその考え方の発祥は「食すことで栄養を取り込む」という生物の生態から連想した妄想に近いと思われる。
少し話は逸れるかもしれないが、食すことでその者の力を得るという観点で言えばイシュガルドにも似たような話はある。ドラゴンの血を飲むと竜の眷属になってしまうというやつだ。
これは残念な事に伝承や言い伝えではなく紛れもない事実で、竜詩戦争では実際に竜族に味方する異教徒と呼ばれる者たちがテロとして大勢の人に竜の血を混ぜた食事を摂らせたという記録もあるし、我欲達成の為に家族にまで手を掛けようとした男が良心の呵責から逃れるために竜の血を飲み干し竜になったが残念なことに姿は変われど自我までは失えず、竜になってからも良心の呵責に苦しみ続けたという過去を持つリスキーモブもいた。とにかく、この手の話は昔から枚挙に暇がないが、得てして人は理由なく被害にあうということに心理的な抵抗があるが故に、その被害に対し何らかの理由付けがしたいのかもしれない。
実際の所、現実を見ても食したからといって能力や知識は得られるということはない。その一方で、このマインドメーカーには少し不思議な逸話がある。
ラケティカ大森林の玄関口にある夜の民の拠点「ゴーンの砦」が罪喰いの進撃により壊滅させられるよりずっと前の話しだ。
その砦からほど近いスリザーバウという集落にある若い夫婦が住んでいた。夫婦には5歳になる息子がいて家族3人慎ましく暮らしていた。夫はやり手で、若くして夜の民の要職に就き、普段はスリザーバウで生活しているが、月に一度くらいの割合でスリザーバウからゴーン砦に泊まりがけの警備監督をしに通っていた。その日も夫は夕方から明朝までの警備のためゴーン砦へと出掛けていった。
夫が出かけてしばらくして、夫人は夫の忘れ物に気付き子供を隣人に預け「すぐ帰るから」とゴーン砦へ忘れ物を届けに向かった。
もう日暮れ時、夜の森は危険だとは言えゴーン砦までは大して危険な道でもない。無事に忘れ物を夫に届け、夫や夫の同僚と立ち話をした後、子供の待つスリザーバウへの帰路についた。
ところが、その日は運悪く季節外れの寒波がノルヴラントを包み込んでおり、日が暮れると同時に急激に気温が下がり、湿気の多いラケティカ大森林には濃霧が発生した。夫人は帰路の途中でその濃霧に襲われた。小さな灯りの範囲しか見えない夜の林道。その上、手を伸ばせば指先が見えない程の濃い霧に夫人はすっかり方向感覚を失い、道を外れてしまった。
いつまでたっても帰らない夫人に、子供を預かった隣人も胸騒ぎを覚え、集落の長に相談をした。すぐにゴーン砦の夫に状況が伝えられると共に、捜索隊が組織され、霧の中、夫人の捜索が開始された。
明け方近くになってようやく夫人は発見されたが、それは見るも無残な姿だった。
道を外れ彷徨った夫人はあろう事かトマトルの群生地に迷い込んでしまったらしい。そしてそこで運悪くマインドメーカーの目に留まり、餌食となってしまった。見つかった夫人はマインドメーカーに脳を捕食され、その食べ残しをトマトルが喰らったらしく、洋服を着たままの状態で体は中身がなく、皮膚しか残っていなかったという。夫はその場に泣き崩れた。
一方、集落で待つ息子は帰って来ない母を探しに、どさくさに紛れ、監視の目を潜り抜けると森へと入ってしまった。それに気づき慌てた隣人や父親そして捜索隊が後を追って森に入り子供の捜索に当たった。そしてそこで驚くべきものを目撃した。
なんと、マインドメーカーが子供を抱き抱え、襲いかかるラプトルの群れから子供を守りながら戦っていたのだ。そしてラプトルを殲滅したマインドメーカーは、もう大丈夫というように優しく子供を解放し、忽然と姿を消したのだった。こうして子供はかすり傷一つない状態で保護され父親の元に戻ることが出来たそうだ。後に子供はあのマインドメーカーは母だったと話したという。
喰らったところで力や能力を得ることはないが、食われた者の記憶や本能に根付くような強い気持ちは取り込む、または何らかの影響を与える事があるのかも知れない。